春から夏、やがて冬


歌野晶午春から夏、やがて冬」を読みましたー!



話の内容は別にして、作品に使われる口語表現が、とても引っかかりました。


歌野晶午の小説は、これで2冊目です。
前回は、「葉桜の季節に君を想うということ」を読みましたが、2作品とも口語表現が独特の軽さがあるので、読みやすい反面、全体的に軽い内容に感じてしまうのは気のせいでしょうか?
「葉桜の〜」の場合、トリック上、仕方のない表現かもしれませんが、今回の作品も軽い感じがしました。
他の作家、東野圭吾綾辻行人に比べると、どことなく話し方が軽いのです。
調べてみると、作者は千葉県生まれだそうです。
千葉の話し方が、特融の軽さが出ているのかが気になるところですが、兎に角口語表現の軽さには引っかかる作品でした。


さて、本題の内容ですが、こちらも自然と東野圭吾と比べてしまいました。
東野圭吾の名作「手紙」のような、加害者や被害者、その周りの人間の心境を解くミステリーでした。
手紙」とは違い、物語終盤になって犯行が行われるので、最終的には、明確な答えのない「ミステリー」に仕上がっていました。
どうすることが正しいのか?」と、いう考え方は、人それぞれ・・・。
末期の癌と戦うか?闘病を諦めて余生を充実させるのか?
人には様々な選択肢があるように、この小説の結論も、微妙な終わり方でした。


ただ、作者の伝えたいことは「なんとなく分かる」結論でした。


個人的に、このような犯罪心理のようなミステリーは、面白いと思います。
東野圭吾手紙」の表現した犯罪者の兄弟の心理を表現した小説に対し、歌野圭吾「春から夏、やがて冬」は、加害者が犯行に至るまでの心理を表現した小説です。


口語表現の軽さが気にならなければ、総合的に面白い内容でした。